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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2559号 判決 1972年8月05日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 安倍治夫

右訴訟復代理人弁護士 高木一

被告 株式会社文芸春秋

<ほか二名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 藤井幸

主文

一  被告らは各自原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和四六年四月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分しその一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和四六年四月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは原告に対し、共同して朝日新聞、毎日新聞および読売新聞の各全国版朝刊社会面に、別紙第一目録記載の謝罪広告を、三段ぬき見出し三倍活字、宛名および被告らの氏名は二倍活字、本文一・五倍活字を用いて、各一回宛掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1項につき仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  名誉毀損行為

(一) 原告は肩書住所地において毛糸織物卸業を営むかたわら、地域の民生委員町内会長等の地位にあり、地域社会の健全な発展に尽している真摯温健な一市民であるが、日本自動車ユーザーユニオンが自動車消費者団体として発足するや、その趣意に賛同してこれに参加し、爾来同ユニオン○○○支部長として欠陥車追放運動を中心とする消費者運動を推進しているものである。

(二) 被告株式会社文芸春秋(以下「被告会社」という。)は雑誌図書の発行販売を業とする者、被告中野修は、被告会社の発行する雑誌「週刊文春」の編集兼発行人、被告乙村次郎は同誌の編集部員としていずれも被告会社に使用されている者である。

(三) ところで、被告会社発行の雑誌「週刊文春」昭和××年×月×日号(第××巻第九号)の一三二頁以下には、「内部から“欠陥”を指摘された自動車ユーザーユニオン」と題する記事(以下「本件記事」という。)が掲載され、右記事中には一三四ないし一三五頁において「和製007○○○に出現す」との見出しを付した別紙第二目録記載の記事(以下「本件記事係争部分」という。)が存する。

(四) 本件記事係争部分を通読すれば、同年一月中旬ごろ前記ユニオンを解雇された訴外山川某が、女性を伴って同ユニオン○○○支部を訪問し、原告に面談して同ユニオンの業務上の秘密をさぐろうとした事件に関し、原告があたかも女性を伴って原告のもとを訪れた右山川に年がいもなく嫉妬し、同人を故なくスパイよばわりすることにより徒らに同ユニオンの内紛を助長している低級野卑かつ知性のない人物であり、低級かつ独りよがりの動機から消費者運動に熱中しているかのような印象を一般読者に植えつけるものである。

(五) 被告中野、同乙村はかねて前記ユニオンの消費者運動の不敵な活動ぶりに反感を抱き、隙あらば同ユニオンに対する誹謗中傷記事を雑誌「週刊文春」に掲載してその信用を失墜させ、その運動を挫折させようと密かに機会を窺っていたところ、前記山川某が原告から同ユニオンの業務上の秘密をさぐろうとした事件が発生したことを機縁にして、被告乙村は被告中野の指示に従い前後四回にわたり原告に電話インタビューをなし、揶揄的ねらいのもとに取材録取した原告の談話内容を、本件記事係争部分にまとめられるに至った諸事項に焦点をあわせながら摘録したうえ、これを素材として、同僚である他の編集部員の協力を得ながら本件記事係争部分にまとめあげ、被告中野は被告乙村を指示監督しつつ、右のごとき揶揄的ねらいのもとに、原告の談話内容を中心とした情報を取材要約せしめ、さらにこれを素材として他の編集部員にも協力させ、揶揄的効果を巧みに増強するような小見出しや文体の取捨選択にも配慮させながら本件記事係争部分にまとめあげさせた。そして、被告会社は昭和四六年二月下旬ごろより三月上旬ごろにかけて、本件記事を掲載した雑誌「週刊文春」約五〇万部以上を所定の販売組織を通じて全国各地において頒布した。

(六) 以上によれば、被告中野、同乙村は共同して原告の名誉を毀損したものであり、右は被告会社の事業の執行につきなされたものであるから、被告中野、同乙村は民法第七〇九条第七一〇条第七一九条、被告会社は同法第七一五条により原告に対し損害を賠償する責任がある。

二  損害及び賠償方法

名誉を毀損されたことによって被った原告の精神的苦痛は五〇〇万円に相当するので、被告らは原告に対し各自五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年四月二八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払い、かつ該損害賠償と共に名誉回復の適当なる処分として請求の趣旨第二項記載の謝罪広告を掲載すべき義務がある。

(請求原因に対する答弁)

一(一)  請求原因一の第一項の事実中原告の職業は認めるが、その余の事実は不知。

(二)  同第二、第三項の事実は認める。

(三)  同第四項の事実は否認する。

本件記事係争部分は、本件記事全体をもあわせ読むと、固苦しいレポート調を避け、多少のユーモアを交じえた柔かい読物とするために、取材者の主観として「ヤキモチも手つだってか」、「ヤキモチは恐ろしい」などの表現を軽く付け加え、あるいは原告の談話を関西弁で記載したものであることが文章上明らかであり、読者としてもヤキモチ云々の表現が取材者の主観的想像であることは容易に読みとることができる書き方である。本件記事係争部分に接する読者が原告が年がいもなく嫉妬したと受け取って、原告の人格を評価するとする原告の主張は失当である。

原告は実業学校卒で、従業員も雇わず単独で毛糸織物卸業を営んでいるもので、二間だけの家に居住している。

叙上本件記事全体との対比関係から検討した本件記事係争部分の意義と原告の社会的地位、状況を相関的に考察し、あわせて雑誌「週刊文春」が娯楽的要素をも備えた柔かい読物であることなどを考慮にいれると、本件記事係争部分をもって原告に対する社会的評価を低下させたものとはいえない。

(五)  同第五項の事実中被告乙村が被告中野の指示に従い、前後四回にわたり原告に電話インタビューをした事実、右インタビューに基づき談話内容を要約摘録したうえこれを素材として被告中野の指示監督のもとに同僚である他の編集部員の協力をも得ながら、本件記事係争部分にまとめあげた事実及び原告主張の雑誌「週刊文春」頒布の事実はいずれもこれを認める。但し被告中野の指示は一般的な指示である。その余の事実は否認する。

(五)  同第六項は争う。

二  請求原因二は争う。

(抗弁)

一(一)  本件記事係争部分は、被告乙村が前記ユニオン顧問安倍治夫弁護士の指示によって、原告から前後四回にわたり電話によって取材した事項を正確にメモし、このメモに基いて他の編集部員の協力をも得ながら執筆したものであり、原告の談話内容を客観的にありのまま掲載したものである。仮りに用語、表現、ニアンスなど細部の点について事実に多少の相違があったとしても、被告中野、乙村が事実を真実と信ずるにつき相当の理由に基づいて掲載したものである。

(二)  雑誌「週刊文春」は娯楽的要素をも備えた柔らかく軽い読物であるが、同時に移りゆく時の実相に即した社会問題を広く国民に周知せしめることを目的とする報道機関としての性格もあわせ有し、本件記事は報道機関としての使命に基き、社会問題としてクローズアップされている自動車の欠陥及びこれに対する利用者団体の活動を背景とし、その団体である前記ユニオンの内紛について読者にその事実を訴えようとしたものであって、公共の利害に関する事実について専ら公益目的に出たものというべきである。

(三)  以上(一)(二)によれば、被告中野、同乙村が本件記事係争部分を雑誌「週刊文春」に掲載したことは、違法性を欠くか、または故意もしくは過失を欠くものであって名誉毀損たる不法行為は成立しない。

二(一)  被告会社は、雑誌単行本その他書藉類の発行を業としており、固有の出版業務及びこれに附随する業務は、量質とも増大しているので、各業種別に担当者を選任してこれにあたらせているが、雑誌「週刊文春」は被告中野が編集兼発行人としてその内容と編集について総括的な責任を負い、被告乙村は同誌の編集部員としてその編集にたずさわっていたものである。

(二)  被告中野は厳密な入社試験に合格して入社以来二〇数年間主として編集を担当し、その間編集等の視察研究のため欧米に派遣され、その正しい知識を得てきている豊富な経験を有する優秀な編集者であり、被告中野の編集した出版物について民刑事上の責任を負担させられるような過誤を犯したことはなく、また被告乙村は数多くの競争者の中から入社試験に合格して入社し、以来編集に従事していて何等の過誤もなく今日に至っている。

(三)  被告会社は雑誌の編集等については、毎号編集会議を開き、編集責任者として多年の経験のある取締役を出席させて編集上遺憾なきを期しているのであるが、本件記事の掲載された雑誌「週刊文春」三月八日号についても同様な編集会議を行っており、また被告会社の顧問弁護士を定期的に被告会社に出張せしめて掲載等について法律上の過誤なきよう種々問題点を相談して意見を求めている。

(四)  以上(一)(二)(三)によれば、仮りに被告中野及び被告乙村に不法行為の事実があったとしても、被告会社は右両被告の選任及び事業の監督につき相当の注意をなしたものである。

(抗弁に対する答弁)

一(一)  抗弁一(一)の事実中本件記事係争部分は、被告乙村が原告から電話によって取材した内容をメモし、右メモに基いて他の編集部員の協力をも得ながら執筆したものであることは認めるが、本件記事係争部分が真実であること及び真実と信ずるにつき相当の理由に基いて掲載されたものであることは否認する。

本件記事係争部分の基礎的部分、即ち日本自動車ユーザーユニオンの内紛、斉藤のスパイ行為、それに対する原告らの怒りなどに関する記述には客観的事実に符合するものが少くない。しかし、原告は本件記事係争部分が紛争過程を誤り伝えたと非難しているのではなく、原告の人格及び運動動機を歪曲し、原告に対する社会的評価を低下させた点を名誉毀損として追求するものなのである。

(二)  同(二)の事実は否認する。

二(一)  抗弁二(一)の事実中被告会社が雑誌単行本その他書籍類の発行を業としていること、雑誌「週刊文春」は被告中野が編集兼発行人としてその内容と編集について総括的な責任を負い、被告乙村は同誌の編集部員としてその編集にたずさわっていることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

(三)  同(三)の事実は否認する。

(四)  仮りに被告会社における被告中野及び同乙村の選任及び事業の監督として被告会社主張のように行われているとしても、それだけでは被用者の選任及び事業の監督につき相当の注意をしたものとはいえない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一  名誉毀損の成立

請求原因一(二)の事実(被告会社の目的、被告中野、同乙村の業務)、同(三)の事実(本件記事係争部分の内容)は当事者間に争いないところ、原被告ら間に本件記事係争部分が、原告に対する名誉毀損による不法行為に該当するか否かについて争いがあるので、この点について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

原告は住所地において毛糸織物卸業を営むかたわら(原告の職業は当事者間に争いがない。)、民生委員、児童委員や地域の町内会の相談役などをつとめているが、従業員の惹起した交通事故がたまたま自動車の欠陥に起因する疑いがもたれたことから、いわゆる欠陥車問題に関心をもち、右従業員の再審請求を助ける会を結成し、昭和四五年四月自動車消費者団体である日本自動車ユーザーユニオンが結成されるや、右助ける会の会員数百名を率いてこれに参加し、以来同ユニオン○○○支部長として欠陥車追放運動を推進している。

(二)  ≪証拠省略≫をあわせて考えると、次の事実を認めることができる。

(1)  本件記事は、前記ユニオン本部の事務局にいた訴外山川一が、右ユニオンの運営に関して事務局長などの幹部役員と意見を異にし、会長事務局長宛の公開質問状を発するなどの行動に出たことが一因となって、右ユニオンを解雇された事件について、右ユニオンが消費者団体の一つとして一般市民にとって大きな意義を有することに鑑み、右ユニオン側と右山川の両者の主張を報道する目的で執筆、掲載されるに至った。そのため、右ユニオンの運営その他について、争点ごとに前記山川と右ユニオン側の専務理事訴外松田文雄らの相互の主張、他方に対する攻撃批判あるいはこれに対する弁明の応酬が記述されている。そして本件記事係争部分は右の争点の一つにかかわるものであって、右山川が昭和四六年一年一二日右ユニオン○○○支部長である原告のもとに、妻以外の若い女性を伴って訪れた際の右山川の言動が原告の談話の形で記述され(以下「原告談話部分」という。)、これに織り交ぜて右山川の弁明が同じく談話の形で記述されている。

(2)  原告の談話部分には、右山川が妻以外の女性とスポーツカーで遠出し温泉に外泊するといっていた旨の、同人の私生活にかかわる事実を原告が暴露し、右山川を非難する趣旨の談話が含まれ、原告自身のことばとして「なんちゅう奴ちゃね」などの右山川を侮蔑するような言辞が用いられており、これに配して、原告の談話の内容には虚偽の部分がある旨の右山川の談話を記載することによって、原告は根拠のないでたらめを言う人間であるかのような感じを読者に抱かせ、原告の人格面についての社会的評価に影響を及ぼす記述が存在する。

このように認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  以上認定の原告の談話部分は、「和製007○○○に出現す」という見出しのもとで、「女づれ」、「バレてまずい」、「なんちゅう奴ちゃね」、「良ェコでしたわ」、「とかちゅう、ホッソリしたタイプでしたな」、「親密そうにしとりましたわ。」などの言辞を配した原告の談話ならびに「ヤキモチも手つだってか、こまかく観察がゆきとどいている」とか、「甲野氏にしてみれば、大将がネーダーなら俺は007だと気どったのかも知れぬが、とにかくヤキモチは恐ろしい。」という記述部分とあいまって、本件記事係争部分を構成するものであり、本件記事係争部分は、全体として、原告が若い女性を伴ってあらわれた右山川に嫉妬し、探偵気どりで右山川らの言動をこと細かに観察し誇張したうえ、侮蔑の言辞をも交じえて、右山川の私生活を暴露する内容となっていることは否めない。そして、≪証拠省略≫によれば、雑誌「週刊文春」の読者層は、三〇代から四〇代のサラリーマンあるいは自家営業者もしくは主婦らであることが認められ、特段に知的水準が高いとはいえないことに鑑みると、読者が本件記事係争部分から原告が前記記事内容どおりの人物であるとの印象を受けるであろうことはたやすく推認しうるところである。してみれば、本件記事係争部分は、読者をして、原告がかつての同志山川に対する嫉妬心を理性的に統御しえないのみか、これを露わにして山川の私生活を暴露するような知性のない低級野卑な人格の持主であるとの理解を抱かせ、原告が前記(一)のような地位に伴って保有していた社会的評価を低下させるものとすべきである。

(四)  そして、本件記事係争部分は、被告乙村が被告中野の指示に従い、前後四回に亘り原告に電話インタビューをなし、原告の談話内容を要約摘録したうえ、これを素材とし、被告中野の指示監督のもとに同僚である他の編集部員の協力をも得ながらまとめあげたものであること、本件記事を掲載した雑誌「週刊文春」昭和四六年三月八日号(第一三巻第九号)約五〇万部以上が昭和四六年二月下旬ごろより三月上旬ごろにかけて被告会社の手で所定の販売組織を通じて全国各地において頒布されたことは当事者間に争いがない。従って、被告中野、同乙村はその行為により原告の名誉を毀損したものとすべきである。

(五)  被告らは、本件記事係争部分に接する読者が、原告が嫉妬心に馳られたと受け取って原告の人格を評価するおそれはないと主張する。なるほど、本件記事全体をあわせ読むと固苦しいレポート調を避け、多少のユーモアを交じえた柔かい読物とする意図があったことは≪証拠省略≫により首肯できなくはない。しかし、「ヤキモチも手つだってか」、「ヤキモチは恐ろしい」などの前記表現は取材者の主観として軽く付け加えられたものであるとの点が読者によってただちに看取できるような文章の組立になっているとはいえないから、被告らの主張は失当である。また、≪証拠省略≫によれば、原告が実業学校卒で、従業員も雇わず単独で営業し、二間だけの建物とその敷地を所有するにすぎない生活規模の者であることが認められるが、そうであるからといって本件記事係争部分が原告の名誉を侵害したことにならないとすべき理由はない。雑誌「週刊文春」が娯楽的要素をも備えた柔かい読物であることを考慮にいれても、本件記事係争部分が原告に対する社会的評価の低下を招来しないとはいえない。

二  真実性の証明について。

次に被告らは抗弁一において、本件記事係争部分は真実であり、少くとも真実と信ずるについて相当の理由に基づき掲載された旨を主張するので、この点について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(1)  被告乙村は昭和四五年二月一九日午後八時二〇分ごろ、同月二〇日午後一時二〇分ごろ、同月二二日午後四時三〇分ごろおよび同日午後五時すぎの四回にわたり原告に電話し、本件記事の取材にあたった。発端は前記山川の発した公開質問状に対する前記ユニオン側の見解をただす取材先として安倍治夫弁護士(本件原告訴訟代理人)から原告のことを教示されたことによる。

本件記事係争部分の取材は、前記四回の電話取材のうち主として二月二〇日になされたものであるが、その際被告乙村が原告との会話の運びに従って右山川の来訪の有無、日時、自動車できたか否か、自動車の種類、色、同伴女性の有無、その女性の氏名、年齢、髪形、体格、当夜の宿泊先、右山川の妻の親族の家の所在などを尋ね、ことに右山川の来訪目的に関しては、スパイ活動とは考えないかと誘導的に尋ねた。原告は自動車の種類、色、および同伴女性に関する前記質問事項などについては、記憶が定かではなく、電話の傍にいた妻の訴外花子に尋ね、同女の言に従って答えたが、その他の事項については原告自らが答えた。被告乙村は原告の応答態度から原告が右山川を嫉妬しているという印象は特に受けなかった。

(2)  本件記事係争部分のうち原告の談話部分は、関西弁が用いられている点及び「女づれ」、「バレてまずい」、「なんちゅう奴ちゃね」、「良エコでしたわ」、「とかちゅう、ホッソリしたタイプでした」、「親密そうにしとりましたわ。」などの言辞を除けば、原告が被告乙村に答えた内容とほぼ同趣旨の内容が記述されている。

このように認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  右認定事実によれば、原告の談話部分は、右(一)、(2)で除いた言辞を別にすれば、原告が被告乙村に答えたのとほぼ同趣旨の内容が記述されているのであるから、その限りで真実に符合しているといえる。しかし、「和製007○○○に出現す」という見出しのもと、右(一)、(2)に指摘した言辞を配した原告談話部分ならびに「ヤキモチ」を云々する記述部分から成る本件記事係争部分が全体として描き出している前説示のような原告の人間像が真実に符合しているとの点についてはこれを認めうる証拠はない。

(三)  被告乙村、同中野が原告が本件記事係争部分記述のような人物であると信ずるにつき相当な理由があったとの点についても、これを肯認しうる証拠はない。かえって、被告乙村に関しては、同被告が原告において山川を嫉妬しているという印象は特に受けなかったこと前認定のとおりである。

以上によれば、本件記事係争部分が真実に符合し、すくなくとも真実と信ずるについて相当の理由に基づいて掲載されたとはいえないので、被告らの抗弁一はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  被告らの責任

(一)  被告乙村が他の編集部員の協力をも得ながら本件記事係争部分をまとめあげたことは前記のとおりである。被告乙村が原告の名誉毀損につき故意があったとの点は立証がない。しかし、原告から直接取材し、執筆した立場にある者である以上、本件記事係争部分の執筆に当り言辞、用語の用い方、文章の構成、表現の仕方に配慮することによって記事内容が原告の人間像と遠く隔たり、名誉毀損の結果を招来することのないようにする注意義務があるにかかわらず、該注意を怠った過失があるとの非難を免がれない。従って、同被告は原告に対し不法行為の責を負うこととなる。

(二)  被告中野が雑誌「週刊文春」の編集兼発行人であること被告乙村が取材し、他の編集部員の協力をも得ながら本件記事係争部分をまとめたのは被告中野の指示監督によったものであることは前記のとおりである。

被告中野が原告の名誉毀損につき故意があったとの点については立証がない。しかし、およそ雑誌の編集発行責任者は、当該雑誌に掲載さるべき記事についてその内容はもとより用語表現の当否についても吟味し、あるいは取材者について事の真相を確かめるなどしていやしくも個人の名誉を毀損するなど権利の侵害の生ずることを未然に防止すべき注意義務があり、特に本件のように直接取材した者以外の者も執筆に協力している記事については、取材者以外の協力者が潤色を加え、あるいは推測に基づき事実と相違する内容の記事をまとめる危険性があるのであるから、編集責任者である被告中野において記事内容を十分吟味する措置をとるべき義務があるというべきところ、≪証拠省略≫によれば被告中野において右のような措置をとっていないと認められるので、被告中野は右注意義務を怠ったことによる過失の結果について責任を免れることはできないというべきである。

(三)  被告乙村の行為と被告中野の行為は客観的に共同関連し、該共同行為によって原告の名誉を毀損したものであること、両被告の行為が被告会社の事業の執行につきなされたものであることは上来説示したところによって明らかである。

そこで被告会社の抗弁二について判断する。

≪証拠省略≫によれば、次の各事実を認めることができる。

(1)  被告中野は昭和二四年三月大学卒業後直ちに被告会社に入社し、以来同社発行の雑誌「オール読物」「文芸春秋」などの編集を担当してきたが、その間昭和四一年一〇月から二ヶ月間編集の研究、視察のため渡米しており、これまで被告中野の編集にかかる出版物について法律上の責任を問われたことはない。被告乙村は昭和四四年三月大学卒業と同時に被告会社に入社し、以来雑誌「週刊文春」および「文芸春秋」の編集にたずさわってきたが、これまで被告乙村が編集に関与した出版物について、法律上問題としてとりあげられたことはない。

(2)  雑誌「週刊文春」の発行に際しては、毎週月曜日に被告会社社長以下常務が全員出席する部数会議が持たれ、その席上発行部数が決定され、あるいは編集に関して報告がなされる。その他にとりあげるテーマを決定するための編集部会議が毎週開かれ時には被告会社の重役が出席することもあるが、右編集会議はすべての掲載記事について遂一検討することまではなされていない。掲載記事に関して法律上疑問がある場合には、顧問弁護士に質すよう被告会社から指示がなされ、右指示通りになされている。

このように認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかし右認定事実によっても、被告会社は雑誌「週刊文春」の編集兼発行人として被告中野を、また同誌編集部員として被告乙村を選任及び監督するについて、相当な注意を払ったものとはいえない。

従って、被告会社の抗弁二は理由がなく、被告会社は被告中野、同乙村の使用者としての責任を免れない。

四  損害と賠償の方法

(一)  原告が蒙った精神的損害について検討する。

≪証拠省略≫をもあわせ考えると、原告が本件記事係争部分により直接その名誉感情を傷つけられ苦痛を感じたことはもちろん、毛糸卸売業の取引先の店員から蔑視されることをおそれ、あるいは一たんは当時委嘱されていた民生、児童委員を辞退する決意をかためるなどして心痛したものであることが認められ(右認定を左右するに足る証拠はない。)、右精神的苦痛を慰藉するための金員としては、前記認定の本件記事係争部分の内容、雑誌「週刊文春」の発行部数、読者層の規模、性格、原告被告ら双方の社会的地位やその他諸般を斟酌して一〇万円が相当である。

(二)  そこで原告の被告らに対する謝罪広告の請求について判断する。

本件記事が雑誌「週刊文春」の昭和××年×月×日号のみに掲載せられたものであることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば同誌は昭和××年×月から×月ごろには約七五万ないし八〇万部印刷せられ、全国各地に広範囲に配布されていることが認められる。従って雑誌「週刊文春」の読者はおおまかに言って約八〇万人と推認することができ、これに本件名誉毀損の程度が比較的軽微であることなどをあわせ考えると全国版である朝日、毎日、読売各新聞紙に謝罪広告を掲載せしめることは、被告らに必要以上の苦痛と無益の負担とを強いるものであり衡平の原則に反する。右各新聞紙の読者の圧倒的大多数は、本件記事の掲載自体すら知らないと推認されるからである。それ故謝罪広告の請求は失当と認めてこれを棄却する。

五  結論

よって原告の本訴請求は、被告らに対し各自一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四六年四月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山厳 裁判官 井上孝一 大浜恵弘)

<以下省略>

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